【第7章 16日目・9/26日】
31.思いがけない朗報
車の受け取り場所、谷原自動車へ向かう三人。
その時、シンイチの携帯電話が鳴った。
(シンイチ談)
午後1時。受け渡しまであと3時間。
祖母に見送られ、車の受け取り場所、谷原自動車へ向かう。ヒロミの運転だ。
ヒロミはサヤカと私の共通の仲間で、学生時代からの友人だ。今はコンサルティング会社で総務経理の仕事をしている。仕事のできる清楚な美人でありながら、意外と大胆な性格の持ち主だ。
その証拠に、高速道路を走っている私たちの車を追い越していく車どころか、追いついてくる車さえ先ほどから見あたらない。今日は探偵にでもなったつもりなのだろうか、かえって目立ちすぎる大きなサングラスと、女優のような黒い長手袋を身につけている。
プルル、プルル、 料金所近くで、突然、ジャケットの胸ポケットに入れていた私の携帯電話がなった。
この携帯電話は今回「naniwa999」つまりミゾグチ氏とやりとりするために契約したものだ。もちろん、後でこちらの足がつかないように。
さて、実際に落札したのはもちろんサヤカであるわけだが、ミゾグチ氏とのやりとりは全て「杉田」、つまり私だということにしてある。
「杉田です」と名のると、それはなんと、
ミゾグチ氏本人からの電話だった。高い声の関西弁。ハンドルネーム「naniwa(難波)999」の通り、話方も大阪の「あきんど」のように調子がよい。ヤクザのような薄暗さは少なくとも声にはない。
緊張を悟られまいと、こちらも明るい声を出す。もうすぐ車を入手できることに喜びを感じているかのように、「ミゾグチさん」を信頼しきっているかのように。
「ミゾグチさん」の話は、私たちの確信をさらに強めるものだった。なんと、「キズがついてしまったから、10万円を値引きする」という。
しかも、かなり苦しい言い訳をそえる。
「今朝、車を洗ってから持っていってもらおうとしたところ、洗車をしている時に、リアの所に大きな傷が付いてしまった。申し訳ないが、傷は勘弁してほしい、その代わり落札価格は160万円だったが10万円ほどを値引きする」というのだ。
そこで、「こちらのほうとしても見てみていないとわからない。一度見せてほしい」と答える。「ミゾグチさん」は、「陸送会社の人と相談して値段を決めていい」とまで言う。
この電話で確信した。サヤカの車にある広範囲は、一度見れば気づかないわけがない大きなキズだ。
これはもう絶対にサヤカの車に間違いない。
では、なぜ、今日という受渡日の当日にいきなりそのようなことを言ってきたのか。それは簡単だ。事前にその情報を公開してしまうと、車の持ち主に、本人の車だということがバレる可能性が高いからだ。だからオークションの写真にはその部分がわからないようにして載せている。
要はやばい情報は出したくないということ。それにしても、ヘタなウソだ。だいたい洗車ごときで、10万円も値引くような傷がつくことなどない。
ミゾグチの言い訳を聞いていてほぼ確信はできたが、いちおう少しがっかりした声をだす。「じゃあ、見てみてから陸送さんに相談しますね」と了承して、そのまま現場のほうに向かう。
いつ買ったのか、ヒロミが胡麻せんべいをみんなに配った。車内にゴマの匂いが充満し、硬いせんべいの歯ごたえが脳を刺激する。サヤカから水筒のコーヒーを受け取る。祖母がもたせてくれたという。
高速を降りた。谷原自動車まで、あと少しだ。
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